プロフィール

 

はじめまして!

 

こんにちは!

 

このブログを運営している「キョロ」です

 

私のプロフィール
ニックネームは、キョロ

(目が大きくてキョロキョロしているから)

 

1989年生まれ

 

血液型B型

 

栃木県日光市出身。

 

神奈川県在住。

 

転勤族。

 

大学在学時、うつ病発症。

 

悪化させて、半年間の入院。

 

ニート、フリーターを経て結婚。

 

2歳の女の子を育てる主婦。

 

カフェで読書・文章を書くのが大好き。

 

 

 

 

 

いま現在、イヤイヤ期真っ只中の娘との時間を大切に過ごしている私ですが、

 

やりたいことは全部やる!

自分を満たして自分らしく生きる!

自分の人生を生きる!

 

をモットーに日々、生活しています。

 

実際に、大好きなカフェには週3〜4は行っています。

 

ちょっと前まで、英会話を習ったり、コーチングを学んだりもしていました。

 

今年は、休みの日に娘を主人に預けて、家庭教師のお仕事もしていました。

 

今はこうやって、ブログを書くことが私の楽しみです。

 

パワフルなママとして、「これやってみたい!」とピンと来たことは、どんどんチャレンジしています!

 

こんな風に、

 

やりたいことは全部やる!

自分を満たして自分らしく生きる!

自分の人生を生きる!

 

という想いを叶えながら、日々、満たされた気分で過ごしている私ですが、

 

二十年以上、ずっと人の期待に応えるばかりの人を送っていました

 

いつもいつも、人の評価を気にして、「しっかりしなくちゃ」「期待に応えなきゃ」と自分に鞭を売ってきた日々。

 

毎日がとても苦しくて、「生きているのがつらい」と思うのも、しょっちゅうでした。

 

そんな私でしたが、今は、自分の人生を生きて、やりたいことをやって、毎日を楽しく過ごしています。

 

そんな私の半生を、これからストーリー形式で書かせていただこうと思います。

 

ゲロを吐いても言いたいことを言えない子

 

 

 

 

幼少期、私は言いたいことがまったく言えない子でした。

 

最初から汚い話で申し訳ないのですが、私はいつも車酔いしてしまう子でした。

 

「酔っちゃったら教えてね」と言われていても、伝えることができなくて、吐くまで我慢してしまう、なんてしょっちゅうあって。

 

嫌なことを嫌というのもすごく苦手でした。

 

幼稚園でマフラーを作っていたのですが、いつの間にか私のマフラーを友達が勝手に編んで汚くなってたんです。

 

でも、私は誰にも不満や文句を言えなくて。

 

幼稚園のバッグのセーラームーンの柄が嫌なことも母に言えず、2年間ひたすら耐えぬくありさま(笑)

 

なので、つらい思いをしたことも一度や二度ではありません。

 

びくびく周りの顔色を伺う性格で、言いたいことはまったく言えない。

 

心の中はいつも緊張と不安。

 

そんな私だったので、怖くて、一人で行動することもできず、いつも母の横にピタッとくっついている子でした。

 

褒められる喜び・頑張ることで結果を出す喜びを知った小学校時代

 

 

そんな私が、小学校に入って少しずつ変わってきました。

 

低学年の頃は、相変わらず言いたいことは言えず、びくびくと怯えて過ごしていたのですが、活発な子へと変化します。

 

きっかけは先生に褒められたこと

 

テストでいい点をとったときに、褒められると、「私ってすごい!」って嬉しくなって、優越感にも浸っていました。

 

褒められる快感を知った私は、いわゆる「優等生」へ。

 

漢字テスト・算数のテストは、いつも完璧!

 

問題を解くのも、学年1位、2位を争う速さ。

 

低学年のときに、後ろから50人中3番目くらいだったマラソン大会も、中学年には

10番以内に欠かさず入る変貌ぶり!

 

この頃の私は、勝ち・負けの世界に生きるようになり、いかにしてほかの子よりも優秀な結果を出すのかが、大事になりました。

 

遊んでばかりいて、成績の悪い子を見下して、優越感に浸ってもいました。

 

今思うと、本当に性格の悪い子でした。

 

その頃、母が不妊治療をしていて、流産をしたり、病気を患ったりして、私から見て、つらそうにしていることが増えてきました。

 

そんな母を見て、その頃から「私がしっかりしなきゃ」と無意識に思うように。

 

私がしっかりしてくるにつれ、母が私に頼るようになってきました。

 

いつの間にか、母の「自慢の娘」になり、「うちの子はとっても強い子なんです」とも言うようになりました。

 

母のそんな言葉を聞いて、私は本当の自分を出せなくなっていきました。

 

でも本当の私は、昔と変わらず、いつも不安で、緊張していたんです。

 

勉強も部会もくそ真面目。超優等生&完璧主義に目覚めた中学時代

 

 

中学校に進学して、私は完全に優等生の仮面を被るようになりました。

 

褒められる喜びを知った私は、みんなに勝つために、尋常じゃない努力をしました。

 

生徒会副会長として、文化祭や合唱コンクールは大活躍。

 

完璧を求めた結果、500点満点のテストでは、ほぼ満点の成績で、学年トップ。

 

自己顕示欲もものすごい強い子で、目立つこと・褒められる快感に浸っていました。

 

とにかくあらゆることで完璧目指す、根っからのくそ真面目キャラ。

 

でも、そうすることでしか、自分の存在を肯定できなかったんです。

 

褒められていない私は「ダメな子」で、優等生でいなければ、母からもみんなからも見捨てられてしまう。

 

そんな恐怖に駆られながら、必死に努力をし続けました。

 

努力の塊になった私ですが、その中でも群を抜いて努力をしてきたのが、英語音楽

 

音楽に関しては、4歳の頃から10年以上、エレクトーンを習っていて、中学校に入ってからの部活は吹奏楽、合唱コンクールも大好きでした。

 

英語は中学から始めましたが、授業がとても楽しくて、どんどんのめり込んでいきました。

 

私は自然と、英語と音楽の強い高校を目指すように。

 

でも、それに対して、母が猛反対してきたんです。

 

その理由が、高校で吹奏楽部に入ったら、「母自身が送り迎えなどで大変になるから」と「寂しいから」でした。

 

でも、母は「大変だから、あなたにはできないよ」という言葉を私に放ったんです。

 

その頃から、自己都合ばかりで、私を振り回す母にうんざりするようになってきました。

 

それから私は、「私はできる!」ということを証明したくて、より完璧を求めるように。

 

学業、部活動、その他の活動で「あなたは欠点がない」「完璧」と言われるほどに、頑張りました。

 

なぜなら、その当時の私は、

 

素晴らしい自分になったら、母はきっと応援してくれる

応援してくれないのは、自分がダメだからなんだ

だから、素晴らしい自分になったら、きっと母は私のことを応援してくれるんだ

 

と思っていたから。

 

だから、諦めずに頑張りました。

 

でも、母は最後まで、私の目指す進路を受け入れてくれることはありませんでした。

 

そして、私はとうとう行きたい高校を諦めてしまいました。

 

本当は母には、私が好きな道に行くのを応援してほしかった。

 

でも、応援を得られなかった私は、母に対して不信感を抱くようになり、母に苛立ちを覚えるようになりました。

 

父はというと、育児に関しては無関心なように感じましたが、きっとたぶん、それが父親のあるべき姿だと思っていたんだと思います。

 

両親に、本当の思いを話したところで、私のことを受け入れてくれるわけではない。

 

それに、毎日、晩酌をしていて、話をしても酔っ払って愚痴と説教ばかりの両親。

 

両親と過ごす時間が苦痛でたまらない。

 

私は両親と関わらないようになりました。

 

優等生の仮面を被った私。

 

毎晩ベッドで泣きながら、「助けて、つらい、でも私はダメ人間だから、誰も助けてくれない」という日記を書き続けていました。

 

毎日、学校でも家でも、「いい子」を演じてきた私は、もう疲れ果てていたんです。

 

膨れ上がる母への憎しみ。頑張っても頑張っても認めてくれない母

 

 

そんな状態から、行きたくもない高校へ進学。

 

母の言う通りに、行きたかった高校を諦め、偏差値の高い進学校へと進みました。

 

しかも、みんな同じような成績の子たちが集まっているため、頑張っても頑張っても1番になれない状況

 

行きたかった高校でもないし、成績も上がらない。

 

私は、だんだんと頑張っている意味が分からなくなりました。

 

気付いたときには抑うつ状態に。

 

学校にも行かなくなりました。

 

家にも学校にも、居場所がない私。

 

一日中、図書館で過ごしました。

 

医者には、「勉強はお休みして好きなことをやりなさい」と言われました。

 

でも私には、好きなことなんてなくて、勉強しかなかったんです。

 

休んでいる間も、ずっと勉強をし続けていました。

 

そんな状態になっても、母の私に対するコントロールはずっと続いていました。

 

県外の大学には行かせない

 

その言葉に、

 

母の希望の進学校に入ったのに、今度もまた好きな大学に行かせてくれないんだ。

 

とものすごく腹が立ちました。

 

そして、母に対して殺意が芽生えるほどに怒りがわいてくるように。

 

私の人生なのに、母は自分の欲求を満たすために、私をおもちゃのように使っている。

 

私を振り回すのもいい加減にしてほしい…

 

母に対する憎しみはどんどん大きくなるばかりでした。

 

それからは、朝から晩まで、家に帰らず、図書館で過ごすようになりました。

 

夜、家に帰ると、夕食が用意されていることもあったのですが、母にキレて皿ごとひっくり返すことも。

 

母は私の変貌ぶりに驚いていましたが、私と何としてでもコミュニケーションをとろうと必死でした。

 

でも、自分はいつ母に手を出してしまうか、怖くて、自分の部屋のドアに机や椅子を置いて、母を入ってこられないようにしていました。

 

このままでは母に暴力を振るってしまう…

 

そのときに、「家庭内暴力ってこういう風に起きるんだ」ってことが分かりました。

 

いい子が突然、キレて親を殺してしまう心理も、身をもって分かりました。

 

そういうニュースも見るたびに、「犯人である子どもには、誰か味方がいたのかな?きっとつらかったんだろうな」と考えるようになりました。

 

そして「いつかこういう子を支えられたらいいのにな」とも思うようになりました。

 

それをきっかけに、私は保健室の先生を目指すようになりました。

 

私が母に言ってほしかったけど、かけてもらえることのなかった言葉。

 

ありのままのあなたでいいんだよ

頑張らなくていいんだよ

 

そんな言葉を言える先生になりたくて、それからは保健室の先生になるべく、猛勉強をしました。

 

相変わらず、母との関係はこじれたまま。

 

母といるのは、もう耐えられない。

 

このままでは私は犯罪者になってしまう、と思った私は、大学進学を機に、家を出ることを決意しました。

 

母はまた猛反対してきましたが、勝手に決めて、勝手に受験して、運よく合格したので、勝手に部屋を決めて、一人で準備をして、さっさと家を出ました。

 

本当は、ずっと不安だったけれど、誰も助けてくれませんでした。

 

自暴自棄な大学時代~うつ病をこじらせて半年間の入院。人生どん底

 

 

大学に入学した頃には、私は優等生でいることに疲れ切っていました。

 

保健室の先生という夢はあるものの、大好きな英語も音楽も諦めて、何が楽しいのかもわからない。

 

もう何もかも、どうでもいいかな…

 

そんな気持ちになった私は、だんだんルーズに過ごすようになってきました。

 

授業に遅刻するのは当たり前、人との約束を破るのも当たり前

 

その頃は、カウンセラーさんが書くような本をよく読んでいました。

 

「ありのままでいいんだよ」

 

と書かれた本を読んで、

 

「そっか、じゃあもう頑張るのやーめた!」

「頑張ったところで何にもいいことないしね」

 

と頑張ることを放棄しました。

 

努力することが、馬鹿らしくなったんです。

 

でも、ゼミに入って、心理学について学びたい意欲が出てきて。

 

「大学院に行きたい」

「今度こそ私のやりたいことをやって生きていきたい」

 

そう思った私は、勇気を出して、母にその気持ちを伝えました。

 

でも…、案の定また猛反対。

 

夢を諦めたくなかった私は、

 

だったら、全部、自分でやればいいんだ!

 

と考えました。

 

そして、バイトをガンガン入れてとにかく頑張ったんです。

 

でもそのバイト先に、とてもいじわるなおばさんがいて、とにかくキツイ言葉を私に放つんです。

 

あんたは使えない

いい加減にしろ

これだから邪魔なんだよ

 

そんな言葉をひたすら浴びせられた私は、

 

やっぱり私はダメ人間

だから誰にも応援されないんだよね

 

という言葉が頭から離れなくなりました。

 

そしてある日、私はバイトに行けなくなりました。

 

無断欠席をしたんです。

 

そしたら、上司から電話がかかってきて、「社会人としてどうなの?」と言われ、

心の糸がプッツリと切れました。

 

私はどう頑張ってもダメ人間

 

私の心はもうボロボロで、立ち上がることはできなくなっていました。

 

その日から、私は、うつ病本格突入へ。

 

それからの日々は、寝て、起きたら、自分を責める。

 

また眠っては、自分を責める、の繰り返しでした。

 

そんな日々が続いて、私は保健室の先生になるための教員採用試験も受けることができないまま、大学卒業。

 

過去の頑張りや、栄光なんてまったく役に立たなくて、自分はどうしようもない人間。

 

自分も落ちぶれたな…

 

こんな自分は生きてる意味ない

 

全然幸せじゃない

 

死んじゃいたい

 

どうせ誰も私のことなんてわかってくれないし!

 

心の中は、自分を全否定する投げやりな気持ちでいっぱいでした。

 

でも、心のどこかでは、

 

「やっぱり、誰かに自分のことをわかってもらいたい…!」

 

「誰かに私の生き方を肯定してもらいたい…!!」

 

そんな気持ちももっていました。

 

なので、療養期間を経てうつ病が落ち着いたら、早速レジ打ちのアルバイトに挑戦。

 

接客を楽しんでやっていくうちに、お客さんとも仲良くなって、やりがいを感じるようになった私は、

 

「この仕事をもっと頑張りたい」

 

「お金を稼いでやりたいことをやる」

 

「諦めてた夢も追いかけたい」

 

「もう私は十分休んだし、大丈夫だ」

 

「やりたいことをどんどんやっていこう!」

 

そんな気持ちがわいてきました。

 

でも、この時点ですでに頑張りすぎていたんだと思います。

 

治ってたと思っていたうつ病をこじらせてしまいました。

 

待っていたのは「長い入院生活」

 

やっとやりたいことができるようになったと思ったのに…

私は、やりたいことをやってはいけないんだ…

 

絶望感でいっぱいでした。

 

生きているのか死んでいるのかさえ分からないような入院生活。

 

病状が落ち着くのに半年間かかりました。

 

入院から半年経ってなんとか退院できたものの、そのときの私は1日に20錠以上の薬を服薬していて、頭はぼーっとしているし、目も虚ろでした。

 

何のために生きてきたんだろうなー…

私の頑張りって本当に意味なかったなー…

 

頑張る気力どころか、生きる気力も、すっかりなくなった状態に。

 

そんな私が、退院して帰る場所は、母のいる実家しかありませんでした。

 

私には生きる気力も、心休まる居場所もない。

 

まさに、人生のどん底でした。

 

努力する喜びを思い出したパート経験

 

その後、生きている目的もよく分からないまま時間が過ぎていきました。

 

でもあるとき、今の主人との出会いがありました。

 

すぐに実家を出て同棲することになり、仕事をすることになりました。

 

CD、DVDのレンタルショップだったのですが、やる気を完全に失っていた私は、仕事の時間が過ぎるのを待つばかり。

 

「あの子はああいう子だから…」と一緒に働くスタッフも私に呆れていました。

 

そんな私だったのですが、そこでのバイトが転機になったんです。

 

働いているお店で、お客さんに会員サービスをお勧めする仕事があったのですが、なんとそれでお店のスタッフの中で1位になれたんです。

 

それからはいい成績を修め続けるように。

 

店長が朝礼で、「今日は◯◯(私)さんがいるから、大丈夫!」とまで言ってくれることもありました。

 

そこで、思い出したんです。

 

「頑張るって楽しい!!!」

 

って。

 

一緒に働いていたスタッフも、

 

「あの子ってあんなに頑張り屋さんだったんだね」

 

と、私を認めてくれるようになりました。

 

私に会いにきてくれるお客さんも増えました。

 

頑張る喜びを思い出した私は、少しずつ元気なり、目つきも生き生きとしたものに、変わっていきました。

 

娘には私と同じ思いをさせたくない!自分らしく生きることを決心

 

レンタルショップを3年続けたところで、私の妊娠が分かりました。

 

ちょうど主人の転勤も重なったので、仕事を辞めることに。

 

出産までの間は、ゆったりとした時間を過ごしましたが、出産をしてから、モヤモヤと悩む日々がやってきました。

 

来る日も来る日も、娘のお世話に追われて、娘を愛しく思う一方で、「娘のために生きる人生でいいのか」と疑問を持ち始めました。

 

娘に期待をして、娘の人生こそが、私の人生だ

 

そう考えるような自分になりたくない、と母との経験から強く思うようになりました。

 

私と同じ思いを娘にさせたくはない

ありのままの娘を受け止めてあげたい

それならば、まず私が幸せでいることが大事

 

そう思った私は、生きたいように生きようと決意をしました。

 

「私は私のままでいい」そう思わせてくれたコーチの存在

 

 

そう思いながら生活しているうちに、私は「コーチング」に興味を持つようになりました。

 

コーチングでは、自分のありたい姿に向かって、問題解決をしたり、課題を達成する際に、コーチの力を借りながら、共に前に進んでいきます。

 

定期的に、コーチに話を聴いてもらい、自分の本音と向き合っていきます。

 

気がついたときには、読む本、読むブログ、いたるところで、「コーチング」という言葉を見るようになっていて。

 

「コーチングってなんか気になるなぁ…」と思っていたところ、友人にコーチングをしている人を紹介してもらえることになりました。

 

その人に、コーチングに興味があるという話をしてみたら、

 

じゃあ、コーチング受けちゃった方がいいですよ

コーチング受けるとどんどん変わっていく人もいますから

 

という言葉をもらいました。

 

今度こそ、自分らしい人生を歩みたい!

もう人の目を気にして諦めたくない!

 

そう思った私は意を決して、コーチングを受けることを決意。

 

そして、今のコーチと出会いました。

 

それから、私の人生はどんどん明るくなっていきました

 

コーチングを受けることで、初めて、

 

人にありのままを受け止めてもらう

 

という経験をしたんです。

 

私は私のままでいい

 

そう思えることが、どんなに心地いいことなのか。

 

それは、小さい頃からずっと私が求めてきたことでした。

 

どんなに頑張っていても、どんなに強い子のように思われていても、

 

私の心はずっと小さい頃のまま。

 

不安と緊張でいっぱいだったんです。

 

その気持ちを正直に話しても、ちゃんと見守ってくれる人がいる

 

そう思えるようになったら、私自身が自分の素直な気持ちを認めることができるようになったんです。

 

音楽もやりたかったし、英語もやりたかった。

 

もっと話を聴いてほしかったし、応援もしてほしかった。

 

じゃあ、今からそれを自分にさせてあげたらいいんだ。

 

もう自分の人生を歩んでいいんだよ

 

やっと心の中の自分にそう言えるようになりました。

 

今、私はすごく満たされた気持ちで、日々を過ごしています。

 

人生ってこんなに楽しいものなんだなぁ…

 

と心から思えるようになりました。

 

「自分を満たして自分の人生を生きる」それが私の目標

 

 

20年以上、私は、「しっかりしなくちゃ」「母の期待に応えなきゃ」という気持ちで、自分の人生を生きることができませんでした。

 

音楽が好き、英語が好き、という気持ちにも蓋をしてきました。

 

応援もしてほしかったし、話も聴いてほしかったけど、「自分がダメだからしょうがない」って言い聞かせて、自分を抑え込んできました。

 

私にとって、自分の「やりたいこと」や「好き」を認めることはすごく難しいことだったんです。

 

自分らしく生きることがすごく難しかった。

 

頑張っても頑張っても認めてもらうことはできなかったし、その先に待っていたのは、入院生活。

 

人のために頑張っても、幸せになれませんでした。

 

でも、自分を満たして、自分らしく生きることを改めて決意して、

 

その後、今のコーチとの出会ったことで、私は初めて、

 

「ありのままを受け止めてもらえる」経験をしました。

 

「好きなものを好き」と言えること。

 

「やりたいことをやる」と言えること。

 

そして、それを受け止めてくれる人がいること。

 

それが、生きていく上でどれだけ大事なのかを、私は自分の人生を通して、知りました。

 

だからこれからは、自分の気持ちのありのままを受け入れて、自分のための人生を歩んでいこうと思っています。

 

そして、私のありのままを、大切に思ってくれる人たちと関係を築いていきたいと思っています。

 

ずっと私ができなかったこと。

 

やりたいことは全部やる!

自分を満たして自分らしく生きる!

自分の人生を生きる!

 

これは私の人生の目標であり、幸せに生きるために必要なことだと思っています。

 

昔の私のように、人の顔色を伺って、本当の自分を隠して、苦しい思いをしている人が、たくさんいると思います。

 

そんな人たちに伝えたいのは、

 

もっと自分を大切にしていいんだよ

 

ということ。

 

人にどう思われようと、「やってみたいな」と思ったことはやっていいし、

 

自分の思ったことや考えたことは、素直に認めていいんです。

 

どんなあなたも100点満点なんです。

 

これ以上、自分を否定しなくていいんですよ。

 

もう自分の人生を歩んでいいんです。

 

これが、私がこのブログを通して、あなたに伝えていきたいメッセージです。

 

「読んだら元気が出た!」

「私も自分のために頑張ってみようと思った!」

 

そんな気持ちになってもらえたら、嬉しいです。

 

現在していること・挑戦していること

 

 

今現在、私が一生懸命に取り組んでいるのは、子育て。

 

「娘には、私のような思いをさせたくない」という思いで、

 

できるかぎり、娘のありのままの存在を肯定するようにしています。

 

娘の話をありのまま受け止めたり、

 

夢中で遊んでいるときは、好きなだけ遊ばせてあげたり。

 

娘の「やりたい!」には、とことん付き合うようにしています。

 

悲しくなって抱っこをせがむときは、ぎゅっと抱きしめて、

 

楽しそうにしているときは、私も一緒に笑います。

 

母にしてほしかったことを、今、私は娘にしています。

 

私が母との関係で一番つらかったのは、

 

母がしんどそうにしているのを見ること。

 

どんなときでも、母が心配で迷惑をかけたくなくて、私は「いい子」として生きてきました。

 

そんな経験をしてみて、私は、娘が「いい子」じゃなくてもいいと思っています。

 

娘が好きなように振る舞えるのは、私や主人が娘の安全基地になっているからこそ。

 

安心して自分をさらけ出せるから、「いい子」でいる必要がないんですね。

 

だから今は、私が娘の安全基地でいられるように、幸せな母でいることを目指しています。

 

日々、自分が満たすことが、今の自分にとって一番、大切なことだと考えています。

 

私が私らしく、娘が娘らしくいることが、幸せな親子の形。

 

そう信じて育児を楽しんでいます。

 

自分が満たされる時間は、読書をしているときと、こうやってブログを書いているとき。

 

早起きをして、せっせとブログを書いている時間が、とても幸せです。

 

それから、最近は、心のうちを語り合う、対話会などにも参加して、自分と向き合う時間をとるようにしています。

 

その他に、コーチ仲間と、コーチングのイベントを開催したり、読書会をしたりするのもいいかなぁと考えているところです。

 

みんなに支えられながら、興味のあることにはどんどんチャレンジしています。

 

今後、自分がどう変わっていっても、自分を満たすことを忘れず、自分の人生を歩んでいく。

 

それが、これからの私のありたい姿です。

 

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これからブログを通して、みなさんとの絆が築けるのを楽しみにしています!

 

最後までお読みくださり、ありがとうございました。