自己紹介

キョロの自己紹介



こんにちは、キョロです!


このブログをご覧いただき、ありがとうございます。



ブログを読んでいただく前に、わたしの自己紹介をさせていただきます。

ブログ「満たしのキョロ」について



まずは、わたしがなぜ「キョロ」と名乗っているかについて。


それは「目がパッチリ二重で、キョロっとしているから」です!


中学時代に部活に入部したときに、先輩が決めてくれました。

キョロ

「チョコボールが好きなの!?」なんて聞かれることもあるけど…(笑)


「キョロって呼んでください」と言うと、たいがい一度で覚えてもらえるので、気に入っています。



そんなキョロが、ブログ名を「満たしのキョロ」としたのには、こんなモットーがあります。



自分を満たしてご機嫌でいることで、人生がうまくいく



このモットーを大事に、日々、生活をしています。


具体的に、キョロが自分を満たすためにどんなことをしていることを書きました。


自分を満たすためにしていること

・好きなことをする時間を増やす

・苦手なことで手放せるものは手放す

・直感を大事にする

・「自分はどうしたいのか」を大事にする



今でこそ、これらのことを当たり前にやっている自分ですが、自分の気持ちを抑えつけて生きており、自分らしさを発揮できずにいました。



その性格で生きてきた結果、入院までしてしまいました。



体調を崩したのをきっかけに、自分改革をしました。



「自分はどうしたい?」と常に問いかけ、自分が納得する答えを見つける。



この行動で、人生が大きく変わりました。



自分を満たしていくと、自分が好きになれたり、夫婦関係がよくなったり、子育てがうまくいったりします。



だからこそ、「なんか生きづらい」「自分のことを後回しにしてしまう」という人には、自分を満たすことから始めてほしいと思っています。



このブログを読んだ方が、「自分っていいな」と思ってくれるのが理想です。

学ぶのが大好きで、職人気質



さて、わたしの生きる原動力となっているのが、学ぶこと。



これはわたしの処世術でもあります。



悩みを抱えたら本を読む



人に相談するのが苦手だったわたしは、大量の読書で問題を解決することが多くありました。



自分を満たすことや、自分を表現すること、、子育て、親子関係、夫婦関係。



あらゆることを学ぶことで解決してきました。



「苦手なことやできないこと、コンプレックスなどにずっと悩まされている」という人におすすめしたいのは、積極的に学ぶこと。

キョロ

読書は本当におすすめ!



また、わたしのブログが学びになって人生に活かされるといいなと願っています。



いろいろなジャンルのことを学んできましたが、今メインで学んでいるのは、これらのテーマです。

キョロが学んでいるテーマ

・子育て、教育

・片づけ

・夫婦関係

・健康

・お金



多くの本を読んでいるので、もしかしたら、読書のみなさんの幸せな人生に貢献できるかもしれません。

キョロの学んでいることとブログの主なテーマについて


キョロが今まで学んできたこと、そして学んでいることが、ブログ『満たしのキョロ』のテーマになっています。


特に、主婦さん・ママさんに向けた発信が多いかと思います。主婦として、ママとしての人生を充実させることができるような記事を、積極的に書いていきます。


多くのジャンルについて学んでいるため、今後も新たなテーマが追加される予定です。

片づけ・インテリア



シンプルな生活が大好きです。



自分のお気に入りのモノに囲まれた部屋で、ブログや読書に集中できる時間が幸せです。

もともとは、「これかわいい!」と思うと、衝動買いをしてしまうのが当たり前で、テイストの違うモノが部屋にあふれていました。

夫婦そろってシンプルな部屋が好きなので、必要なモノだけに持ち物を絞っていくのが大好き。



最近は、テレビと車を手放しました。



4歳のむすめを育てているので、子どものカラフルなおもちゃは捨てられませんが、自分の持ち物は少数精鋭です。


極端なミニマリストではないですが、シンプルに生きています。



自分に合ったモノの所有量、使いやすいモノの配置などを学ぶため、「整理収納アドバイザー1級」の勉強をしています。

親子関係



わたしが長年、悩んできたことに、親子関係があります。



今は生活に支障なく、幸せを感じて生きていますが、20代くらいまで、どん底人生でした。



「自分を満たす」というテーマを人生に掲げたのも、両親との関係の中で、自分を抑えつけることが多かったから。

こんな悩みを抱えていませんか?



「親の気持ちを考えすぎて行動できない」

「いつも親の反応が気になってしまう」

「自分らしく生きられない」



これらに当てはまっている人に伝えたいのは、「もっとわがままに生きていいんだよ」ということ。



親の思う人生なんて生きなくていいし、自分にとっては大きな存在である親も、完璧ではないんです。



いろんな生き方の中の一つの選択肢として、親のすすめる人生があるわけです。



やはり大切なのは、「自分を満たすこと」だと、自分自身の経験から学びました。



親子関係がうまくいかない。



親元を離れているのに、それでも生きづらい。



そんな人に向けての記事も書いていきます。


子育て・教育



子育てにも強い思い入れがあります。

両親と心を通わせたり、健全な愛情を注いでもらったりした経験が少ないわたし。


自分を押し殺して、親のおもちゃのように生きた時代があり、本当につらかったんです。



だから、「むすめにはそんな思いをさせない」と決意しました。



「親の機嫌なんて気にせずに自由に生きてほしい」



そう思っているので、できる限り、むすめの意思を尊重して、話をしっかり聴くようにしています。



また、わたし自身が日々ご機嫌でいて、むすめが自分のことに集中できるように心がけています。



育児のことはしっかり勉強していますが、教育ママというよりは、積極的に心をゆるめて、おだやかなママでいられるような工夫をしています。

キョロ

と言っても、たまには「怒り心頭!」ってこともあるけどね。



わたしが自分の子育て経験から学んだのは、「毒親に育てられても、毒親にならない方法はある」ということ。

これは断言できます。


親の子育て方法を受け継ぎやすいのはたしかですが、自分の気持ち次第で、自分らしい子育てをしていくことが可能です。

キョロ

むすめには、自分のことが大好きな子に育ってほしいから、わたしも、わたしのことを好きでいるようにしているよ。


夫婦関係



家庭は、家族それぞれが心を休ませる場所であってほしいというのが理想です。

なので、夫の気持ちは肯定しますし、夫にも自分の気持ちをちゃんと伝えて、肯定してもらえるような努力をしています。

言いたいことが伝わらず、一時的にギクシャクすることもありますが、「話し合えば理解し合えるもの」という前提で、コミュニケーションをとっています。

自分と親との家族関係は、けっしてあたたかいものとは言えませんでした。



なので、夫と作り上げる家庭は、あたたかくて、心がゆるんでいく場であることを目標にしています。


家庭が居心地のいい場所にするためには、わたし自身が満たされた気持ちでいることが大事だと思っています。


わたしが行っている工夫を書きました。


家庭が居心地のいい場になるための工夫

・夫に自分の気持ちをちゃんと伝える

・できないこと・苦手なことは夫に頼る

・アイメッセージで気持ちを伝える

・自分の気持ちを大切にする

・無理に期待に応えようとしない


言いたいことやできないことは、適切な方法でちゃんと伝える。


自分だけがんばりすぎると、「わたしだけがこんなに必死にがんばっている!」とイライラしがちなので、必要以上のがんばりは手放す。


こういった工夫をしています。

キョロ

夫を大切にしたいのなら、まず自分を大切にする!まさに「自分を満たす」ということ。

パパ

妻がご機嫌だとぼくもうれしくなるな。


自分らしさを存分に出して、日々、生活しています。



ここからは、わたしの経歴についてまとめました。



「もっと詳しくキョロについて知りたい!」というかたは、最後まで付き合いくださいね。

キョロの経歴


ここからは、キョロの人生について語らせていただきます。

キョロってどんな人?マイペース・心地よさを追求する4歳児のママ


まずは現在のわたしのお話からです。


いま、わたしは専業主婦をしており、4歳の女の子を育てています。

むすめ

元気いっぱい!おもしろいことと絵本が大好き!



わたし自身が大切にしていることは、マイペースと心地よさの追求。



自分のペースでやりたいことをやって、満たされた気持ちでいられるように工夫しています。

キョロ

「幸せだなぁ」って感じられる時間を増やしたい!

どんなときにわたしが幸せを感じるか。



わたしの幸せポイントはこれらです。

わたしが心満たされるとき

・本を読んでいるとき

・Instagram・ブログ更新

・カフェでの時間


ブログは、心がワクワクして「とりあえずやってみよう!」とやってみたら、自分の生きがいに変わりました。

キョロ

ブログと読書なしの生活は考えられない!学び始めると止まらない、オタク気質もあるよ!


知識を取り入れて、生活がよりよくなっていくことに幸せを感じます。

キョロ

つらいことがあったら、読書とブログで問題解決!


わたしにとって本は、「新しい世界を教えてくれる先生」のような存在。

本のおかげで、ネガティブのかたまりだった自分を変え、ポジティブで力の抜けた自分になれました。

キョロ

ブログや読書に集中するには、コンディションがとても大切。だから、健康管理のために食事、運動にもこだわっているよ。「自分を満たす」というのは、ただ自分を甘やかすことだけではないんだ。

・読書が好き

・文章を書くのが好き

・カフェでじっくり考えるのが好き


こんな自分なので、一人の時間が本当に大事。



むすめの育児に追われてはいますが、どうにか自分の時間を確保するようにしています。

キョロ

子どもも大切だけど、自分も大切なんだよねぇ。


こういうわたしを、いまは「自分らしくていいな」と思っています。



ですが、そんなふうに思えるようになったのはここ数年のこと。


「自分は愛されない人間」
「誰もわたしを理解してくれない」
「愛されるためにがんばらなくちゃ」

昔のわたしはこんな気持ちでいっぱいでした。

キョロ

「自分なんていなくなればいい」とさえ思っていたよ。


これから、わたしがどんな過去を歩んできたか、幼少期から振り返って書いていきますね。

キョロ

波瀾万丈な人生を送ってきたけれど、人って変わろうとすれっば変われるもんなんだよ。

次々に変わる養育者|周りの人が怖くて自己主張ができない子ども



一歳半のときに両親が離婚しました。

キョロ

その頃のことは、一切覚えていないけどね。



赤ちゃんの頃は、父方のおばあちゃんがおもにわたしを育ててくれたようです。



離婚したあとは、母方のおばあちゃん、おじいちゃんがよくわたしのお世話をしてくれました。



母がずっと続けていた仕事をやめてからは、母がわたしをみてくれたそうです。



そして3歳になって、新しい父と母が再婚。

キョロ

メインで育ててくれる人が次々に変わったみたいだよ。



次々に変わる養育者に、わたしはずいぶん混乱していたそう。



離婚して前の父に会えなくなったことにショックを受けて、道路に頭を打ちつけることもあったと母に聞きました。

キョロ

コンクリートに頭を打ちつけるってかなり痛かっただろうに。



幼少期に強く不安を感じていたことは、しっかり記憶に残っています。



それが家庭環境のせいかのか、それともわたしが持ち合わせているHSPの傾向のせいなのかわかりません。

ですが、満たされない気持ちを抱えていたことには変わりありません。

キョロ

まわりの人たちがすごく怖かったんだよね。


だから、いつも母にピッタリとくっついている子どもでした。



周りと同じ行動ができないと不安だったのも覚えています。



幼稚園の徒競走では、みんながスタートしたのを確認してからスタート。



当然、ゴールは一番最後。



両親に「なんでみんなと一緒にスタートしなかったの?」とよく言われていました。


キョロ

自分のそういう性格を否定されたように感じていたよ。


小さい頃から、自己主張も苦手でした。



友達におもちゃをとられても何も言えない。



みんなにセーラームーンをビデオを観るのが好きなことも言えない。



車酔いをしても言えなくて、吐いてしまうまで我慢することもしょっちゅうありました。

キョロ

意見を言ったときの反応が怖かったんだよね。


自分の気持ちを伝えることができなくて、引っ込み思案な子どもでした。

キョロ

楽しかったことよりも、つらかったことのほうが圧倒的に多かったよ。

引っ込み思案だった自分が「しっかり者の優等生」へ!だけど心の闇は大きくなるばかり



小学校時代を過ごす中で、わたしの周りからのイメージはガラリと変わりました。



「引っ込み思案の自己主張ができない子」から「しっかり者の優等生」へ。

キョロ

両親も先生たちもビックリ!


それはなぜなのか。


少し話がまわり道をしますが、書いていきますね。


わたしの父は亭主関白なところがあります。


人の話をうまく聴けずに、相談をすれば自分の意見ばかりを押し付けてくるような父親。


「自分にとっての常識」を普通だと思って生きている節もありました。

キョロ

小さい頃は、父親ってそういうもんなんだと思っていたけど…。


父のそんな態度に、母は知らず知らずのうちに不満をためていきました。


母の不満のはけ口はわたしでした。


父に言えない気持ちを次々にわたしにぶつけてくるんですね。


父の態度のこと、母の身内関係のこと、お金のこと、過去のこと。


話す内容は多岐に渡り、わたしはいつしか母のカウンセラー代わりになっていました。

キョロ

母の愚痴と不満は夜中まで続くことも。


母はわたしを不満のはけ口に使うだけで、暴力や育児放棄はありませんでした。

キョロ

子どもを不満のはけ口にするお母さんって意外と世の中にいっぱいいるんじゃないかな。


それをうまくかわすことのできる子もたくさんいると思います。


ですが、もともと不安を感じやすく、人の気持ちを察しやすいわたしにとっては、それが重荷になってしまったんです。

母のカウンセラーとして、話を聴いていくうちに、母はわたしに依存するようになりました。


「あなたがいなくなったら生きていけない」

「寂しいから遊びに行かないで」

「結婚してもおうちにいてね」


次第に、母の口からこういった言葉も出てくるようになりました。


これが母なりの愛情表現だったんだといまは思えますが、その当時は、母を怖いと感じることもありました。

キョロ

わたしがいなければ、この人はおかしくなってしまうかもしれないと束縛されているような気がしたよ。


「母はわたしが守らなくてはいけない」と思い込んでから、引っ込み思案なわたしは変わっていきました。


母を喜ばせたくて、学校の成績を急激に伸ばしました。


母をガッカリさせないように、いわゆる「いい子」へ変化。


母にまとわりついていたわたしは、数年間で「大人びていて、自立している子」へ。

キョロ

心の奥底では「ありのままの自分を愛されたい」と強く望んでいたんだけど


母は、わたしの様子を見てとても自慢げでした。


学校の三者面談で、「うちの子は小学校に入ってから泣いたことがないんです。本当に強い子なんです」と先生に語っていました。

キョロ

でもね、実は毎晩ベッドで泣いていたんだ。両親は知らなかったけど、いじめられてクラス全員に無視されている時期もあったし。


母の期待に応える「いい子」でいるのは本当に大変。


学校での先生からのイメージも、「しっかり者で、何でもできる子」に変わり、どこにも安心できる場所はありませんでした。


「ぜんぜん強い子なんかじゃないのに…」


孤独感ばかりが募りました。


不安、恐怖、孤独。


ネガティブな気持ちでいっぱいになったわたしは、本の世界に逃げ込みました。

キョロ

本を読んでいるときだけは、満ち足りた気持ちだったように感じる。


孤独感を抱えながら、中学校生活に突入しました。

両親への不信感を募らせた中学校時代|反抗期のない思春期


中学生になってからも、「いい子」をやめられませんでした。


そのうち、心が「なんでも完璧、なんでも一番じゃないとイヤ」という強迫観念に支配されるようになりました。

キョロ

異常なくらいの努力をするようになったよ。


勉強も部活も、それ以外も、ちゃんとしていないと許せなくなりました。


自分の見た目にも神経質になり、摂食障害のような症状も。

キョロ

「太った自分は許せない」そう思って過激なダイエットをしていたよ。


完璧人間にこだわり続けたわたしは、学校でひとこと「疲れた」と言うと、


「キョロちゃんも疲れるの?」


と言われる始末でした。


特に力を入れていたのは、英語と音楽。


吹奏楽、エレクトーン、合唱と、音楽をとことん極め、英語も朝から晩まで勉強。


当然、英語と音楽の強い高校へ進学するつもりでした。


ところが、いざ進路について両親に相談すると、こんな言葉が返ってきました。

「あなたにはできるわけないでしょ」

「Aちゃんの通っている高校にしなさい」

キョロ

「これだけ頑張っているのにダメなの?」と途方に暮れたよ。


それをきっかけに、両親に対する不信感が募るようになりました。


「自分って親の欲望を満たすおもちゃなんじゃないか?」


そんなことを考えるように。

英語と音楽の道を閉ざされた自分は、何のために生きているのか、わからなくなりました。


それでもわたしは、両親の期待を裏切ることはできなかったんです。


なぜか。


両親に愛してもらいたかったからです。


がんばらない自分になったら、愛されないと思っていたからです。


だから、がんばるのをやめられませんでした。

キョロ

どんなにきつい言葉をかけられても愛されたかったんだ。


愛されないのは、すべてわたしが悪いから。


努力はやめられませんでした。


「甘えたい」
「受け入れてほしい」
「愛されたい」


そんな気持ちはふくらむばかり。


外では「笑顔のいい子」だったけれど、心はボロボロ。


生きていることが苦痛でした。


友達にも、先生にも、親にも理解されない。


本の世界に逃避し、自分の気持ちを紙に書き殴ることだけが、つらい気持ちを忘れられる時間でした。

キョロ

生まれてしまったことをうらむ日もたくさんあった。

家にも学校にも居場所がない|非行少女と変わらない心


結局、母の希望する高校に進学しました。

キョロ
やっぱり母の期待は裏切れなかった。


進学校だったので、勉強の量は今まで以上。朝起きてから寝るまで勉強をしていました。


でも、勉強しているにもかかわらず、成績は思ったようにはふるわず。「自分よりもできる人」がゴロゴロいました。

「成績がよくない自分はダメ」
「勉強ができない自分は価値がない」
「家にも学校にも自分の居場所はない」


そんな思いが心を支配しました。


ますますわたしの心はふさいでいき、ついに不登校になりました。


学校にも家にも居場所がないと思っていたわたしは、図書館で毎日を過ごしました。

キョロ
わたしが住んでいたのは田舎だったから図書館で済んだけど、繁華街とかがあったら夜遊びをしまくっていたと思う。


心の中は問題行動を起こす少年少女とまったく変わりなかったと思います。


不安定な状態でなんとか高校3年まで過ごしました。


それでも学校での内申点はよかったので、欠席数が多くても先生たちが3年で卒業できるように配慮してくれたんです。

その頃から、家庭や学校での経験を活かして、保健室の先生になりたいと思うようになりました。

自分と同じように、自分に価値がないと思ってしまう子の心のケアをしたくなったんです。

キョロ
自己肯定感が低い子の気持ちが手にとるようにわかった。


進路が決まったので、母に相談をしました。


そして返ってきた反応は、大反対。


「またか…」


ガックリと肩を落としました。

「いい加減にしてほしい」
「わたしのことを何だと思っているんだろう」


自分の都合で子どもを振り回す母に、憎しみの気持ちが湧いてきました。


「いい子が親を殺してしまう」


その心境が手にとるようにわかりました。

キョロ
不安、孤独、憎しみ、殺意。このときのわたしの心の中は負の感情であふれていたよ。


このまま両親と同居していたら、わたしは殺人者になってしまうかもしれない。


「この家を一刻も早く出ないといけない」


そう思ったわたしは、猛勉強。


運よく大学受験をパスし、家を出ることになりました。

キョロ
やっと両親の期待をふりきったんだ。

実家には一生帰らないと決意した日!居場所がないまま過ごした20年


母の反対を押し切って進学を決めたわたし。


そのときには縁を切ってもいいと思うくらいに、両親に対する憎しみが膨れあがっていました。

キョロ
ほとんど両親と顔を合わせることがなかったよ。


引っ越しの準備はすべて自分で済ませました。


引っ越し当日は、誰にも見送られることなく、一人で出発。


「この家には一生、帰らない」


そう心に決めて実家の鍵を閉めました。


大学生活が始まり、周りを見てみると多くの友達がホームシックになっていました。


「実家に帰りたい」


友達の口から出る言葉を聞くと、内心「いつまで甘えてるんだよ」とイライラ。

キョロ
昔から自分には安心できる「ホーム」なんてなかったからね。


その上、


「あんなにいいお母さんなのに、キョロは冷たすぎる」


という友人からの言葉に、


「親を悪く思う自分がおかしいの?」


と孤独感を強めていきました。


両親にも理解されない。友人にも理解されない。


「わたしの居場所はどこ?」


いつもわたしの心は迷子でした。

人生を自分で切り開く決意!待っていたのは半年間の入院


実家には帰りたくない一心で、大学時代はバイトに明け暮れました。


両親に応援してもらえないのなら、生活費も自分でなんとかしなくてはいけないと思っていたからです。


バイトをして諦めていた音楽も再開しました。

キョロ
ほとんど毎日バイトだったよ。


「自分の力で人生を切り開いてみせる」


心に誓いました。


ところが、バイトがきっかけでわたしは大きく体調を崩すことになりました。


バイト先できつい言葉を容赦なく投げかけてくるパートの女性がいたんです。

「使えない」
「いい加減にしろ」
「できないにもほどがある」


そういう言葉をいつも平気で放つ人だったようなのですが、わたしの心にはグサグサ刺さりました。


深く傷ついたわたしはある日、仕事を無断欠勤しました。


すると、上司から電話が。上司は言いました。

「社会人としてどうなの?」


わたしの心は限界でした。

「わたしがどんなにがんばったところでムダ」
「やっぱり人として価値がないんだ」


こんな考えを強めました。


心のバランスを保てなくなったわたしは、うつ病を発症。

キョロ
自分なんて死んでしまえばいい。それしか考えられなくなってしまったよ。


あっという間にうつ病を悪化させたわたしは、半年間の入院を強いられました。


うつ病の薬を大量に飲み、目はうつろ。


今までしっかり者で、キビキビしていたわたしとは正反対。


「人生終わったな」


そう思わざるを得ませんでした。

キョロ
もう立ち直れないだろうなと思った。


半年間の入院を終えて帰ってきたのは、「一生帰らない」と決めた実家でした。


結局、わたしは母の思う通りの人生を送ることになったんです。


誰よりもがんばってきたと思っていたのに、自分にはなにもない。


「死ぬ以外に楽になる方法はない」


その頃は、いつも「死」について考えていました。


気もそぞろに過ごした数ヶ月でした。

やっと手に入れた自分の居場所|夫との関係で癒されていく心


そんな中、夫との出会いがありました。


夫と知り合い、久々に楽しい気持ちがよみがえりました。

キョロ
あいかわらず、自分に価値はないと思っていたけれど、夫と過ごしているあいだは心が安らいだよ。


その流れで夫と結婚。

キョロ
藁をもすがる思いだったよ。


頼れる人を見つけたことで、体調も少しずつ安定してきました。


「自分はどうしてほしいのか」


夫に真剣に伝えていったことで、夫からの理解が得られるようになりました。


精神的に不安定なわたしを、夫が精一杯支えてくれて、だんだん心が癒されていくのを感じました。


やっと自分の居場所を得た感じがしました。

むすめにはあたたかい家庭を!子育てをとおして見つけた自分の理想


しばらくして妊娠がわかりました。


それをきっかけに、どんな母親でありたいかを考えるように。


「母のようにはなりたくない」


強い思いがありました。

キョロ
わたしの母のような人を「毒親」と表現することがあるよね。

「毒親に育てられた子も、毒親になりがち」


という言葉を何かの本で読んだ記憶がありました。


自分が毒親になるのは避けたい。


わたしのように居場所のない子にはしたくない。


自分がどんな母親だったらむすめは自由にのびのびと生きられるのか。


真剣に考えました。

キョロ
わたしがどうして母を裏切れなかったのか、よく考えたよ。


母にとってわたしは、自分の人生そのもの。


母は自分の人生を生きているとは言えませんでした。


わたしに依存して、自分の人生で叶えられなかったことを叶えようとしていました。

わたしはそんなふうにはなりたくない。

だったらわたしは、自分の人生を生きればいいんだ。


むすめの人生に依存するのではなく、自分の人生を楽しめばいいんだ。


そう考えました。

キョロ
今度こそ自分の人生を生きていこうと決意したよ。


そこで意識したのは、「自分を満たしてご機嫌でいること」


むすめが必要以上にわたしに気を遣わないように、わたしは日々、ご機嫌でいようと思いました。


今まではなんでも限界を超えてがんばってしまっていたけれど、

イライラしはじめたら休みどき
不機嫌になるくらいだったら人を頼ろう


と考えるようになりました。

「まぁいっか」
「ちょっとでも改善したらそれでよし」
「家事を完璧にこなさなくても自分の価値はある」


そういう言葉を自分にかけるようにしました。


すると徐々に完璧主義な自分がゆるんでいくのを感じました。


完璧主義な自分を卒業して気づいたことがあります。

がんばっていなくても受け入れてくれる人はいること
自分を大切に思ってくれる人もいること


がんばりすぎる自分を卒業してやっと気づいたんです。


少しずつ自分の気持ちを打ち明けられるようにもなりました。

キョロ
やっと気持ちが楽になってきたよ。


最大の変化は、自分が自分の味方でいられるようになったこと。


今までは、がんばりがたりない自分を、

もっとちゃんとして
もっとがんばって


といつも責め立てていました。


ですが、どんな自分にもOKが出せて、自分で自分を認められるようになりました。

キョロ
自分を受け入れることがやっとできるようになってきた。


10年以上の時を経てやっと自己受容ができるようになったんです。

自分の心のセンサーに耳を傾ける|心地よさを追求して生きていく


10年以上、わたしは自分の心を押し殺して生きてきました。


ずっと自分以外の人生を送ってきたんです。


やっと自分が人生の主人公として生きられるようになりました。


「自分は自分のままでいい」


そう思えるようになり、今まで感じることができなかった幸せを感じています。

キョロ
もう今までみたいに自分にムチを打つこともないよ。


だからといって、両親との関係で作り上げてしまった自分のネガティブな部分を、すべて克服できているわけではありません。


ですが今は、それでいいと思っています。

人の気持ちを察しすぎてしまう自分
自己主張しようとすると不安になってしまう自分


そのままでいいんだと思っています。

ちょっとつらくなったら、休めばいい。
自分のペースで生きていけばいい。


そう考えられるようになりました。


むしろ、人の気持ちを察したり、共感したりできる自分を誇りに思います。


これらはわたしの才能。

キョロ
注目すべきは「いかに活かしていくか?」だよね。


母の期待に応えるべく続けてきた勉強も、今は自分の支えとなっています。


学ぶことで、多くの問題を解決してきました。


両親との問題も、読書を通して解決。


内向的な自分に自信を持ち、自分らしく生きていこうと思っています。


「自分の人生を生きよう」

そう決意させてくれたむすめにも感謝をしています。


むすめはむすめ、自分は自分。


むすめの人生を心から応援できるよう、自分の人生を楽しむ。


めざすゴールは、


「自分も幸せ、こどもも幸せ」


家族それぞれがご機嫌でいられるよう、自分を満たして生きていきます。

キョロがブログで発信することは?生活全般のお悩みを解決!


わたしのブログでは、生活全般のさまざまなテーマを発信していく予定です。

育児、お金、家事、学び、HSP、その他、人生を変えるのに役立った考え方など。


「自分の人生を前より好きになれる記事」を読者に提供できるよう、精一杯、記事を書かせていただきます。


末永いお付き合い、よろしくお願い致します。

保有資格


漢字検定2級
英語検定2級
ヤマハエレクトーングレード6級
整理収納アドバイザー2級
養護教諭(保健室の先生)免許
絵本講師資格


おまけ:キョロのプライベートについて

キョロのプロフィール
名前:キョロ(目が大きくてキョロキョロしているから)

年齢:32歳(結婚7年目)

住まい:神奈川県(夫の仕事の都合で全国転勤あり)

家族:夫31歳、むすめ4歳、ハムスター1匹(ジャンガリアン・プディング)

現在の仕事:専業主婦

職歴:家庭教師、スーパーの接客、TSUTAYA店員、ディズニーキャストなど

趣味:読書、旅行、ブログ・Instagramでのアウトプット・インテリア・カフェめぐり・合唱・管楽器・手帳&日記・男子新体操&男子フィギュア観戦、ディズニー

好きな作家:村上春樹、江國香織、辻仁成、石井ゆかり

性格:好きなことはとことん極める・おもしろいことが好き・直感を大切にしている・HSS型HSP(刺激は求めるけれど疲れやすい)・心配性で不安になりやすい・ひとりで行動するのが好き・アダルトチルドレンの傾向があったもののかなり改善

得意なこと:早起き、文章を書くこと、共感すること、学びから気づきを得ること、一人で過ごすこと

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