最近、不調の波が来ている気がする。
昨年、ケガした足はなかなか治らないし、子どもが常に家にいるので、自分の時間がなかなか持てない。
あまり歩けないから、運動不足になり、体の凝りもひどいし、食べたら食べた分だけ太っていく……。
「あぁ、なんかいいことないかな」と、うっかりつぶやいてしまいそうになる。
普段、あまり神頼みをしない私だけれど、久々にお守りを買いに行きたくなった。
だけど、足をケガしているから、お守りを買いに行くこともできない。
チーン……。
さて、そんな「ままらない現実」に振り回されている私だけれど、ここ数日は少し明るい気持ちを取り戻すことができている。
その理由は、
「あ~、この状況、どうにもならないんだな」
と、現実を受け入れることができたからである。
これまで、この状況をどうにか変えられないものかと、もがき続けていた。
どうしたらいいんだろう?
何をしたらいいんだろう?
ジタバタもがいて、苦しんで。
やっと気づいた。
「この状況、私の力でどうこうできるもんではない」
と。
苦しみまくったら、苦しみが消えた。
なるほど、苦しみを手放すのは、とことん苦しむ経験が必要なんだ。
悟りの境地だ。
そう言えば、知人のおばあちゃん達も、こんな感じだなぁと思った。
どんと構えて、「なるようしかならんで」と励ましてくれていたけれど、きっと、彼女たちも「どうにもならない現実」を何度も体験してきているのだろう。
根っからポジティブだったりして、思い悩まずに生きている人も、なかにはいるかもしれない。
けれど、実際はそういう人って、そんなに多くなくて。
今おだやかに生きている人でも、過去に悩んで苦しんで、諦めるしかなかった経験の一つや二つはあるのだと思う。
思い返せば、自分も、今の生き方を肯定するまでに何年もかかっている。
「なんで自分ってこんなにメンタルが弱いのかなぁ」
「いいなぁ、健康な人って」
「バリバリ働いて、お金を稼いで、好きなことに没頭するのが夢だったのに」
「こんなはずじゃなかった」
こんなネガティブな思考に囚われて、何年も何年ももがいていた時期があった。
あの時期があったからこそ、私は今、自分の生き方を大切に思えている。
苦しんでいる今この瞬間も、ちゃんと明るい未来につながっているんだ。
苦しんでいるときは、人間として大きく成長しようとしているサナギの時期だ。
蝶(チョウ)になって、ひらひらと身軽に飛び回れるための準備期間である。
サナギを経験せずして、蝶になることはできない。
「意味ないことなんてない」とよく言われるけれど、そうなのかもしれないなぁ。
ケガをしてから7か月。
むすめが本格的な不登校になってから、2年。
長いトンネルだけれど、今はきっと、私もむすめも人間的に大きく成長している時期なんだろうな。
人生には「とことん苦しむ」という時期も必要だ。
あえて苦しみにいく必要はないけれど。
突然、動じない人になるなんて無理な話。
どんと構えていられるのは、それだけの経験を乗り越えてきたからこそなのだ。
私もこれまでたくさん苦しんできたけれど、それがすべて自分に栄養になっているとしたら……。
自分がどんなおばあちゃんになっているのか、楽しみである。
せっかくなら、「あのおばあちゃんといるとホッとするなぁ」と思ってもらえるような、癒し系おばあちゃんになりたいものである。
キョロのプチ日記
不調の波が来ているので、今月は、「感謝月間」にしてみました。
手帳に「よかったこと・うれしかったこと・感謝したいこと」などを、書き連ねていく。
ただそれだけなのに、幸福感がアップしました。









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